昭和44年4月1日 月次祭
                       中村良一


お月次祭のたんべんに、親教会の、三井教会の荒巻先生、若先生がお祭りを奉仕されますと、お説教が始まります。始まります前に、必ず、皆さん、おめでとうございますと、こういう事を、開口一番、それを申されます。それで、私共も、本当言うたら、日々、そう言わせて頂けるよな心。ね。何時もが、赤飯を炊いて祝うような信心をと、頂きたいのです。ね。せめて、月次祭の時だけでも、皆さん、おめでとうございますと言えれるような、おかげを頂きたいと思うのでございますけれども、まぁ、あれやら、これやら、おめでたいことよりも、他の、先月のようでございますと、ちょうど、先月の、一月前、ね。もう、あの、白い花ずくめのお話がございましたね。ご霊前から、私達の部屋から、私の控え室、みんなが、真っ白い花ばっかりが、献花、または、入れてある。あぁ、この月という月は、いよいよ、精進月だと。まぁ、言うならば、いわば、人が死ぬる月ぞと、いう様なお知らせを頂いておりましたが、もう、本当に、三月と言う日は、早う、もう昨日の最後の日も、今日ぎりだけれども、本当に、十二時までは油断が出来んといった様な気持ちで、先月、一月をお過ごしさせてもらいましたね。もう、本当に、もう、こう両方のの手が足らないくらいでした、先月亡くなられた方のお届けが。しかも、思いもかけない人達がね。本当に、あっという間に亡くなっていくといった様なことでございましたがです。だもんですから、その、なかなか、祝い目、おめでとうございますと言えないような感じなんです。親先生は、偉いなぁと、私は思うんです。たいがい、お月次祭に、皆さん、おめでとうございますと仰るんです。本当に、先生の心の中に、そういうその、豊かなねぇ、祝い目出度いという様なおかげを頂いておられるからなんですよ。ね。
けれどもね、私は、今までは、そうではなかったけれども、これから、この、四月一日と言う日だけは、皆さん、おめでとうございますと、声を大にして言えれるような気が、今日一日致します。
今日は、私は、五十六回の誕生を迎えさせていただきました。今日、私が、ここにこう、生きておるということがね。もう、今日は、何か知らん、不思議で不思議でたまらんと言う感じでした。生まれて、六十日ぶりに、本当言うたら、もう、焼け死んでしもうておらなければならない筈ほどしの私が、今日がある。五才の時に、もう、いけず、医者も見離して、家族だけではない、親戚の者までが、草野の病院から、三井教会ですね、善導寺の教会まで、もう、毎日のお日参りじゃないですよ。もう、とにかく、この、バトンタッチです。一人がお参りして帰ってくると、もう次の者が参るという様にです。それこそ、もう、お参りにかかって、医者が見離した病人を、(連れの?)親先生がお取次ぎなさって、こりゃもう、大坪さん、例え、どういう万一の事があっても、驚いてはならんぞ。日頃の信心を、しゃんとしとかにゃならんぞと言うて言われた。ね。それでも助けてもらいたい。それでも、おかげ頂きたいというので、私のほうの母はもう、言うに及ばずですけれども、ほんなら、今の百姓の両親が、健在で、熱心に信心を致しておりましたから、もう、移り変わりで、ずーっと、参っては、帰ったら、また参り、帰ったら、次ぎの者がお参りするというようにして、お参りをさせていただいて、何回目かである。
先生が、あっあぁ、御祈念して下さったんですよね。そしたら、御結界に着かれてから、大坪さん、しっかり信心しなさい。こらもう、助かるばい。もう、今までは、万一の事があったらと言われておった先生がです。大坪さん、元気に、一生懸命信心しなさい。今度助かったら、あんた達の信心で助かるとぞと言われた。只今ね、御神前にお願いさせて頂きよったら、あの、蘇鉄がね、あの、こう葉が出ておる蘇鉄が、よう枯れてしまったお知らせを頂かれた。だからもう、難しい、駄目だということ。ね。
御教えのなかにも、無常の風が、時を嫌わんと言うが、此の方、金光大神の道は、無常の風に時を嫌わんぞと言われるほどしの御道なんです。この御道と言うのは。ね。生神金光大神は、家繁盛、子孫繁盛の道を教えると仰る。そういう、子孫繁盛の道とは、どういうおかげの受けられる道かと言うと、ね。もう、無い命の者でも、無常の風が吹いてきておっても、それを、払うて下さるほどしのおかげの頂けれる道ぞという事を、教えておられます。
私の場合なんか、もう、その、五才の時に、いわば、無い命をです。初代のお取次ぎのお徳によって、ね。親戚、両親の信心のお徳によって助けて頂いた。ね。それから、もう、薄紙を剥ぐように、もう、絶対、最後の、手をさしてはいけない、隣の叔母が、必ず、病室にに行きますときに、御神飯をもってくるそうです。それでその、御神飯をね。もう、ま、無茶といや無茶ですね。お粥でもいけないのに、御神飯を一つ頂く。ね。その次には、二つ頂く。もうあの、叔母が参りますとね、手を合わせてから拝みよったげな。貰わにゃならんもんじゃから。そういう中に、その、おかげを頂いた。ね。それからこっちだって、本当に、何回か、無い命を助けていただいて、今日の、いわば、五十六歳と言う、誕生を迎えさせて頂くことが出来た。
今までは、先生、お誕生おめでとうございますと言われると、何か、有難うございますて、人に返事せんならんような感じだった。こりゃまぁ、当たり前の、受け返事ですよね。ところが、今日は、朝から、皆さんの、ご仕着せを受けさせていただきながらです。おめでとうございます。おめでとうと言うてその、皆さんが、あの、私に、おめでとうございますと言うて下さると、私も一緒におめどとうと言えれるという事がね。私の、ある意味での、信心の、私の進歩だと、自分で思わせてもらいます。ね。私が、これから、限りなく、健康のおかげを頂いて、限りなく、何時までも、お生かしのおかげを頂くか分からんけれども、それは、いくつになっても、ね。この気持ちだけは、いよいよ、冴えて行くでしょう。大きく、それが、本当なものになっていく事でしょう。それは、世の中の難儀な氏子が、いよいよ、助かっていくことのために、私は、言うなら、(妙高もののかじきと?)申しますけれども、ね。私ぐらいな者の信心で、もし人が、難儀な氏子が、取り次ぎ助けられることであるなら、それが、天地の親神様のお喜びになる事であるならば、どんな修行も、いとうまいと、いよいよ、限りなく、豊かに、美しゅう、または、全ての事が、神愛として受けられる信心を頂かなければならんなと、いう事を、この思いが、段々、募っていくばかりでございます。ね。
私の書室に、まぁ、寝室であり書室であります、一番奥の部屋の向こうには、小さい、狭い狭い庭ですけれども、あそこに、蘇鉄がいっぱい植えてございます。それで、あそこにあの、蘇鉄園が、ここだけは、どうでも、蘇鉄園が作らせていただきたいなぁ、私が開けて見る時に、そこに蘇鉄がある。それを見るたんべんに、私は、五十年前に助けていただいた時の事を、いまさらのように有難い。はぁ、先生が、お頂きなさったのは、こんなんであろうか。ここには、それを取り巻く人達が、何人もありますから、沢山お供えした中に、もう、ご信者さんの中に、もう、この蘇鉄はつまらんと言うてですね。もう、腐ったようなのを、四五本頂いております、大きな、こんくらいぐらいの。ところがね。その立派なものから芽が出らんのですけれども、腐ったような奴から、ここへ植えさせていただいたら、もう、あっちこっちから、どんどん、みんな育ってですね、芽が出よるんです。あれを見たから、ははぁ、あぁいう様なお知らせを頂かれたんだろうと、私は、何時も思うんです。ね。お互い、そういうその、おかげを頂いておる。
今日は、私、ね。毎日、もう、ここ一月あまり、歯医者に通わせて頂いておる。菊栄会の方達がもう、移り変わり、御用頂いております。もう、この頃は、朝の八時半ごろから行きますと、もう昼頃、昼過ぎになる。何時間かかるんです。おかげを頂きまして、もう大変、それこそあの、まぁ、名人と私は思うんですけれど、その歯医者さんに恵まれましてね。日々、治療に通わせて頂いております。今日は、たまたま、久富正樹さんがおかげを頂いた。このごろから、もう、年度末で忙しいものですから、自分が、おかげ頂かんならん時にも、おかげ頂かれず。例えば、霊祭なんかにも、おかげ頂けんほどに、手が離せんほどに忙しい仕事をしておりますもんですから、出来なかった。もう、今日は、先生、ゆっくりおかげ頂きます、と言うてその、まぁ、来てくださった。
私は、今日は、ある事から、ある教会に、午前中、おかげ頂かねばならん事になった。そるきん、もう、あーた、帰っときなさい。ええやんの、私も一緒に、おかげ頂きますと言うから、まぁ、二人で一緒に、そこの、ちょうど、一日のお月次祭を、そこの教会のおかげを頂くことになったんです。ね。まぁ、本当に、これが、現在の、金光教の信心かと、私も思うたが、あの人も、そう思ったらしいです。それで、金光様のご信心。しかも、こういう、由緒のある、しかも、何十年の経歴を持った教会の、しかも、一日のお月次祭が、これで良いだろうかと。親先生と若先生が、お二人、お祭りを仕えておられるのを見せて頂いたんですけれども。まぁ、正義さん、感じたかと。もう、親先生は、ともかくとして、若先生が可愛そうだ。これで、この後を継がさっしゃらんと思うたら、こりゃ、本当に、気の毒な事じゃなぁと思うた。そらまぁ、本当に気の毒な感じでしたですね。お月次祭、一日と、先生も、お神酒一本ない。もう、本当に、まぁ、お野菜、なんやらと、ちょっとしたお供えですね。皆さん、ここで、こうやってお月次祭を拝んでおられる。これが当たり前のごと思うとるけどもね。こりゃもう、大変な、当たり前じゃないとですよ。それはね、今の金光教の教会は、もう、まぁ、いわば、似たり寄ったりです。ね。
その時にですね。正義さんが、御神願に頂いておりますのが、佐倉惣五郎と頂いたそうです。こら、もう本当に、自分達が出る幕じゃないけれども、こら、本当に、いっちょ、ここの親先生に、お宅の若先生は、いっちょ、合楽に修行にやりなさらんかと、本気で言おうかと思うたとこう言う。いわゆる、直訴さしてもらおう。ね。佐倉惣五郎ちゃ、直ぐ、直訴を思い出します。ね。沢山な、民百姓のために、ね。自分を、一家を犠牲にして、ね。死を決心して、あの、直訴を致します、佐倉惣五郎伝を、皆さんご承知でございましょうけれども、ね。こら、今の教団のためにでも、こりゃ、合楽の信心を、あっちこっちの、若先生方にでも、来て貰うて、参って貰うて、合楽の信心を体得して貰うて。こら、御道の信心が、生き生きしてこなければいけん。自分な、そういう事を言わなければならない。そういう、佐倉惣五郎にでもならなければならんのじゃなかろうかと思いましたと言うてから、お届けするんです。ね。
まぁ、今日なんかは、例えば、今日、私が、誕生日だというので、もう、あっちこっちから、沢山祝電が参りました、ね。親先生の誕生日だと言うので、沢山、エールプレゼントが参りました。お供えが沢山参りました、が、とても、あの、普通で、まぁ、大祭でも、こんなことは出来ないと思うような、そのお祭りは、そんなでしたがです。ほんなら、それに引き換え、今日、私共が、私と、久富さんと拝ませて頂いたところのお祭りは、そうである。しかもね、そういう、由緒のある、まぁ、立派なご信者さん方もござる。これが、金光教の現在の信心であろうかと思うたら、これは、本当に、ね。おこがましいことだけれども、直訴でもさせて貰うて、金光教の信心をね。生き生きとするために合楽に行きなさい。若先生を、私のうちに預かりますと、言わせて頂かなければおられないほどのです。ね。感じを、お祭りを頂きながら頂いたとこう言われる。してみると、皆さんはね、そういうおかげを受けられるお広前に、ご神縁を頂いておいでという事でございます。これが、当たり前と思うたら、だから大変な事ですね。
二三日前も、二日市の教会で、ここに、教会事務、特に経理の事の検査とか、それの指導がございました。各教会から沢山参って、教会長、または、そこの奥さんがお出でられた。ここからは、担当しております、繁雄さんが、(?)の久保山茂さん、それから、総務の高橋さんが参りました。先生が来とらんのは、うちだけだった。教会中のを、あなた方がしなさるとですかち、たまがる。こらもう、うちの親先生が、何もしきらっしゃれんけん、結局は、私どんがせにゃならんという訳なんです。ね。もう、それこそ、こう言う、例えて言うならばね。それからもう、とにかく、それを見てごらんなさい、もう、ここで繁雄さんが経理の帳簿なんかを付けとるのを見てみましたら、もう、見るだけ楽しいです。もう、それこそ、見事な字で、ぱぁとその、明細漏らさず、記してございます。(  ?  )全然、見られなかった。うちのは。もう、見ただけで立派、完璧に出来とるということが、分かるほどしに立派なんですよ。日本でもあの、税務署に行く時なんかは、やっぱ、完璧に、きちっと書いとかにゃいかんです。見ただけで、もう見らんで、こんなら、見らんでよかち言うぐらいに、やっぱ、やっとかにゃいかん。他辺りのはもう、ほんの、ちょっとばっかりで、まぁ、色々その、苦情があっておったそうです。そして、あの、久保山茂さんが、翌日、ここへ来てから、お話をするんです。もう先生、もう、他所辺りの教会の、もう、全然、桁が違いますち、ね。例えて言うならば、もう、丸がいっちょ違う。いっちもょ、二つも違う。ですから、こんくらいばっかりの帳簿一冊でよか。うち辺りのは、もう、それこそ、がっちりとその、まぁ、やってるわけです。ね。言うなら、一桁違う、全然問題じゃない。私は、それを聞かせて頂きながらね。私は、合楽の(青年)、それこそ、正義さんじゃないけれども、私は、確信する。合楽の信心が、本当に、御道の信心の上にもです。生き生きとして、合楽の信心を見、合楽の信心をいただこうという様な雰囲気が、教団の中に生まれてくるようにならなければね。本当に、生き生きしたものは、生まれてこないだけではなかろうかとすら、私は思います。ね。
それから、言うてもです、例えば、百と十ですか。一つ丸が違います。そら確かにそうです。そんなら、ここで、毎日のお届けとか、参拝の数をいや、確かに、十倍、または二十倍でしょうね、他所の教会の。桁が違う。ね。さぁ、お月次祭といや、それこそ、皆さんがごらんのように、月に四回のお月次祭でも、他所の大祭でも、こんな事は出来まいという様なおかげを受けておる。ね。ところがです、そういうおかげを受けておるけれどもです、ね。おかげを受けておるから、これが出来るんですよ、合楽の場合は。ね。これだけのこっじゃない。皆が、お供えするなら、とてももってお願いをする、おかげ頂いて有難い。こらもう、本当に、どうにもこうにも出来ない問題が、解決していく。もう、それこそ、七年間も、もう、不治の病のように思うておったのが、ここに、三日間の参るする間におかげ頂いたといったよ言うなおかげを頂くもんですから、ね。本当に、それはね。その方なんかはですね。もう、長い間かかって、参って、あの、こうやってね、その、袋貼りをしなさる。他の仕事は出来んのです。バスに乗ってもね、腰をこうあがしとかにゃ、バウンドでですね、その痛いんです。ね。そういう様な状態の人が、お参りをしてきて、本気で、合楽の信心が、まぁ、素晴らしいと思うたからこそ、今晩は泊めてくださいと言うて、あくる日、まぁ、いわゆる、ここの信心の、四六時中を、見たり、聞いたりさせて頂いておるうちにです。忘れるように、その、七年間の難病が治った。ね。他のことは出来んから、やっと、こげんしてから、袋貼りをするとが、月に二千五百円がたしかならんのです。それが、ずーっとその、袋貼りを始めてから以来、この方一遍も、引き出しておらん貯金通帳を持って来て、ね。本当言うたら、先生、この命を、この身体をお供えしたいのだけれども、それは、叶いませんので、これは、私の、まぁ、容易ならない、いうならば、これは、苦労の結晶ですけれども、これをこのまま、印鑑と、この通帳をお供えさせていただきますから、神様にお礼を申し上げて下さいといった様なおかげを頂いておるから、これが出来るんです。ね。
ですから、そういう、例えば、ほんなら、おかげの中にです。自分な頂きよらんと言うても、そういうおかげの渦巻いておる中に、お互いがね、合楽の信奉者は、その中にあるという事なんです。ね。それこそ、なるほど、ここでの、ほんなら、水揚げなら、水揚げと言うと可笑しいが、ね。一桁違う。一桁も二桁も違うようなおかげを頂いておるのにも関わらずです。ね。さぁ、お月次祭のお礼参拝と言うたら、これだけ違う。そら、これだけでも大したことですよね。他所の大祭でも可笑しくなか。このお広前がいっぱいになっとる。本当いうなら、この障子が取り払うて、ここがいっぱいになったっちゃ、まだよかつじゃん。ね。おかげを受けておる割合に、信心が分かれば、そうならなければ嘘なんです。ね。
例えば、私が、今日も、そこの教会に参りましてから、見せて頂いたんですけれども、御本部参拝が、やっぱ、三十何名かあるんです。そんな、まぁ、いうなら、そういうお広前でも。ね。してみると、ほんなら、ここだったら、どうですか。ここあたりは、ほんなもう、年に四回か五回かしかお参りしないでも、やはり、四十人か五十人。多くて、五六十人でしょうが。ね。例えばその、三十人の十倍あっても、三百人は、どうでも、合楽からは、御本部参拝しなければ、相すまないほどしのおかげを受けておるのにも関わらず、いわば、信心が分かっておらんと言わなければ仕方がない。ね。いうなら、自分はおかげを受けておる。けれどもね、神様が、おかげを受けてござらん。そら、お供えすりゃ、神様がおかげ、神様は、お供えどん貰うちから、助からっしゃらんごたる神様じゃなかて、この神様は。ね。神も助かり、氏子も立ち行くというおかげと言うのは、そんなおかげじゃないのだ。ね。
私が、今日、皆さんに申しております。先生、お誕生おめでとうございます。おめでとうございますと、私が、何故、言えるかと言うと、ね。私が、一生かけて神様に喜んでいただける、世の中の難儀な氏子が取り次ぎ、助けられることのためならば、ね。もう、私は、隠居どんしようとか、ね。旨いもの食べようとか、良いもの着ようとかと思わん、そういうものは、さらさら思わない。ね。そういう、例えばね、私が出来なくても、そういう願いを持っておるという事が、おめでとうございますに対して、おめでとうございますが、お返しが出来るのだと、私は思います。
私のような氏子が生まれたことが、神様おめでとうございます。今までは、それは厳密にいや、大坪総一郎が、どんなに邪魔になっておるか、分からん事もあるけれども。けれども、それよりも、ましてましてです、神様のお役に立ちたい、お役に立ちたいという一念。しかも難儀な氏子が取り次ぎ助けられることのために、命を懸けようと言う、願いを、私が持っておるということは、事実なのだから。そのことが、目出度いのでる。そのことが、神様おめでとうございますなのである。親先生、おめでとうございます。おめでとうございますじゃ馬鹿んごたるですね。普通から言うたら。自分がおめでとうございます。お祝い言われて、自分まで、おめでとうなってござると言う。普通でなら、言うのだろうけど、今までは、そうじゃなかったけれども、こんにちは、そうじゃなかった。皆さんが、おめでとうございますといや、おめでとうございますと、心から言えれる、ね。そういう意味合いでは、善導寺の先生なんかは偉い。月次祭たんべんに会っても、お説教代の前から、皆さん、おめでとうございますと仰られるという事は、何と素晴らしい事であろうかと、こう思う。他の時は言えんでも、この四月何時にち、この日だけは、私が言えれると、そういう感じがするんです。ようも、私が、繁盛しておった。しかも今日まで、誕生のおかげを頂かせて貰うておって、有難かったということになる。
先ほど、文雄先生が、前講勤めておりましたが、ね。子供が、盲腸で手術しておる。自分もその、前後して、風邪引いて、風邪なんかで休んだことがないのに休んだ、ね。なるほど、子供達が、家内が言う様に、お父さんは、子供が、他のものが病気すると、自分に、その病気を受け取りなさる。こらもう、事実、そうだろうと思います。ね。それは、思わせていただくからこそ、何いちか寝ておるところにです。それを、神様のご都合と頂くことが出来た。子供が入院しておる時です。手もなかつに、自分が風邪引いてから、しかも、普通、寝た事のなかつに、今日は、寝らんならんような、何日間であったということに対してです。神様のご都合として、それを、有難く受けておるという事なんです。ね。
昨日、ある方が、息子が、大学に受験をする。発表が昨日である。ね。家族で参ってきて、先生、今晩、いよいよ、十二時に発表がございますが、家族中のものが、ね。それこそ、なんと言われたですかね、んー、感激ですね、感激いっぱいでお礼に出てこられますようなおかげを頂かせて下さい。はいはい、お願いいたします。私は、申しました、ね。皆さん、そういうお礼の言えれる信心にならにゃいかんです。はぁ、ラジオ聞きよったら、おかげで、当選しました。もう、それこそ、感激は雨あられのようで、これなら、誰でん出来る。馬鹿でん出来るじゃないか。ね。私は、「はいはい、お願いさせていただきます」と言うたことは、よしそれが、落第しておったという事であっても、ね。感激して、お礼参拝が出来るようなおかげを頂かねばならんと思うたから、「はいはい、お願いします」と、はっきり申し上げた。ね。金光様の信心は、ここまで、お互い頂いておかなければ駄目です。文雄さんじゃないけど、これも神様のご都合と頂かなければ。ね。
今日も、私も、その教会にお参りさせていただいて、そういう、本当に、道のためにも、教団のためにも、合楽の信心が、全国の、いわば、津々浦々の教会にもです。こういう、生き生きとした信心がある。そういう信心を頂きたいと願わせて頂くためにです。今度、菊栄会辺りでは、そういう意味合いにおいての、私は、手立てという様なことでも、必要じゃなかろうかと言った様な意味のことをです、申しました。ほんに、それもそうじゃなぁと言うて、聞かせていただいたんですけれどもです。そうじゃない。佐倉惣五郎と言うことは、どういう事かと。これを、私は、正義さんに下さった。佐倉と言うのは、合楽のことですよね。人偏に左である。合楽の蔵ともならせていただけるようなおかげを、お前が頂けよと言うことだと、私は思うんです。
そのためには、家内子供が、例え、泣きすがっても、ね。これが、道のためであると、神様が喜んでくださることのためであるならばです。一つ、お前自身が、佐倉惣五郎になってみないかと言う、神様の、私は、お指図であったと、今日は、思わせていただきました。ね。そこに、初めて、神の、いわば、威徳と言うかね、神の威というか。そういうゴヒレイが、私は、頂けれる。そこに、そういうおかげが受けられる。ね。そん時に、私はですね。正義さん、あんたがおってくれてから、合楽が建ちました。合楽が、御道の信心の上に、こう言う、生き生きとしたものが、生まれてまいりましたと、神様のほうがね、お礼を言いなさる。そういうおかげをね、頂かせていただこうと。そういう一念に燃えて、出来ても出来なんでも、そういうおかげを頂きたい。
今日は、自分でも言うてました。先生、この頃はね、おかげを頂きましてから、大分、自分の手になり、足になするのが出来てきましたと。ね。ですから、このままでいくならば、私もです。秋永先生辺りのように、ね。本当に、もう、お店のことやら、自分の事やら、顧みずに、教会の御用が出来る日も、もう間近だという意味のことをいうておりましたけれど。それが、出来た気持ちでいかにゃ、ある意味じゃ挫折するじゃないか。はっはは、と言うとこなんですね。そこは、私も、佐倉惣五郎じゃなかばってん、妻子が、泣きすがっても、ね。それこそ、難儀な民百姓のためにです、ね。難儀な氏子のお取次ぎ、助けられていくことのためです。生き生きとしたゴヒレイがです。各教会に輝かせて頂くために、ね。これは、そこに、奮発一番です。おかげを頂かせてもらわなくてはならん。そこん所を、神様は願うておられるのではなかろうか。その願いに、応えて立たせていただこうという思いが出来た時、私は、毎日が、おめでとうございますということになってくるのじゃないか。私の動き、そのものが、お目出度いのである。私の動き、そのものが、神様のお喜びなのである。だから、お目出度いのである。おかげを頂きまして、おめでとうございます、ね。もう、日々、それが言えれる。私自身が、まぁだ、年に、三百六十五日のうち、今日一日で、ようやく、それが出来たつですきん。まぁだ、子供どんが出来るはずはないと思いますけれども。神様の願いは、私は、総合楽の信奉者にです。佐倉惣五郎になってくれと言う願があると思うんですよ。ね。ですからね、とても出来んと言わずにです。私共を、そういうお役に立たせて頂けれる。そういう御用にでも、使うて頂けれる、私共になりたい、力を頂きたいという願いを持つ事がです。私は、神様のお喜びでなくて、なんであろうかと思います。ね。そういう、お互い、信心を目指さしていただいて、おかげを頂かねばならんと思うのでございます。
どうぞ、今日、私の、お誕生、皆さんに、おめでとうございますの言葉をその、聞かせてもらい、ね。またその、プレゼントを頂きましてです。本当に、神様、おめでとうございますと。おめでとうございますと言われりゃ、私も一緒に、おめでとう、、お目出度いですねと、言えれるという事は、私は、大変なおかげを受けておる。これが、今日だけじゃない。明日も、明後日もと、続けていけれるような信心を願いとして、私は、今後の信心を進めて行きたいと思うのでございます。どうぞ。